東京高等裁判所 昭和32年(ネ)846号 判決
訴外仲摩卓が被控訴人に対し、昭和二十五年十月より十一月にかけて金百万円を貸渡し、右金額を弁済期に弁済することができない場合には強制執行を受くべきことを認諾する旨の本件公正証書が作成されたこと、昭和二十七年三月五日仲摩と控訴人との間に右債権を控訴人に譲渡する旨の契約が締結され、且つ被控訴人に対し仲摩より債権譲渡の通知がなされたことは、凡て当事者間に争がない。
被控訴人は右債権譲渡は通謀虚偽表示であると主張するので、先ず右譲渡契約のなされるに至つた経緯について審按するのに、証拠を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、昭和二十五年十月頃仲摩は金融業を営む控訴人の仲介により被控訴人に対し前示金百万円を貸し付けたが、期日に返済を受け得られなかつたので仲摩はその債権取立を弁護士亘理栄助に委任した。しかし被控訴人の資産状態は非常に悪く、亘理は約一年を経過するもなお実効を挙げるに至らなかつたため、昭和二十七年二月頃控訴人は仲摩に対し右貸借の仲介をした責任上自らこの債権の取立を引受けることを申出で、「これを実現するには債権譲渡の形式を採つた方が便宜である。自分は貸金業者で専門家だから痛いところを突き、強硬な手段によつて短期間内に成果を挙げ得る。」旨申入れた。そこで仲摩は控訴人の右意見に従い、元金百二十三万円を回収することを目標として昭和二十七年三月五日控訴人に対し債権の取立を委任すると共に、その取立の便宜上右債権を控訴人に譲渡する旨の契約を結び、被控訴人に対し債権譲渡の通知をしたのである。しかして右取立委任に関する契約の内容は、
(1) 本件債権回収のため、仲摩はその債権を控訴人に譲渡する。
(2) 控訴人は被控訴人に対し、訴訟の提起、破産並びに強制執行の申立等凡ゆる可能な手段を尽し、最短期間を期して譲渡債権を取り立てるべく全力を傾注する義務を負う。
(3) 控訴人が債権の回収に成功した場合は、取立額のうちより元金百二十三万円を限度として優先的に仲摩に支払う。
(4) 前項の金額を支払つてなお余剰があるときは、取立のため費用及び労力を投入した控訴人においてこれを取得する。
というのである。かくて控訴人は右債権の譲渡を受けるや、前記委任の趣旨に従い、債権取立のために自己の名を以て被控訴人に対し破産の申立及び強制執行の手続を採り、その経過を遂一仲摩に報告して来たが、昭和二十八年三月頃から態度を変え、自己が債権取立の受任者でなく、単純な譲受債権者であるとして仲摩の意思にかかわりなく、被控訴人に対し遅延損害金を順次元本に組入れた巨額の金員の支払を請求するに至つたものである。凡そ以上のような事実を認めることができるが、これら認定事実よりすれば、本件債権の譲渡は、仲摩より控訴人に対する債権取立の委任に基き、その取立の目的のために債権を譲渡したのであつて、その結果控訴人は取立の目的の範囲内において権利の行使をなすべき制約を負うけれども、債権そのものは受任者たる控訴人に信託的に移転する趣旨と解するのを相当とし、当事者が何ら債権を譲渡する意思がないのに外見上単に譲渡の形式を仮装したにすぎないものと見ることはできない。従つて本件債権の譲渡を虚偽表示であるとする被控訴人の主張は採用することができない。
次に被控訴人は、右債権の譲渡は信託法の禁ずる訴訟信託に該当するから無効であると主張するので審究するのに、前認定の事実関係より認められるように、控訴人は仲摩より被控訴人に対する金融の仲介をした責任上、本件債権の取立委任を受けるに至つたもので、亘理弁護士が一年を経過しても取立の実効を挙げ得なかつたことからして、控訴人において取立のためその債権の譲渡を受けても、被控訴人より任意の弁済を得るということは全然期待されず、その取立のためには速かに債務者に対し訴訟の提起、破産の申立、並びに強制執行の申立等厳重な訴訟行為による外ないことが明らかに予期されていたこと、さればこそ、仲摩と控訴人との間の契約においても訴訟並びに強制執行の費用、弁護士報酬の負担に関する事項を定めたのであつて、且つ取立て得た金額のうちより元本相当額を優先的に仲摩に支払い、その余を控訴権の支出した費用及びその努力に対する報酬に充てるべき趣旨を約したものと解されること、並びに控訴人は約旨に従い被控訴人に対し直ちに破産の申立並に強制執行の申立をしたこと、その他前段認定の事情に照せば、本件債権の譲渡は仲摩において金融業者たる控訴人をして債権取立のため主として訴訟行為をなさしめることを目的としてなした信託行為であると認めざるを得ないのである。然りとすれば、右譲渡は正に強行法規たる信託法第十一条に違反し、法律上無効というべきであるから、本件債務名義に表示された債権すなわち仲摩と被控訴人との間に昭和二十五年十二月八日成立した本件準消費貸借契約による債権は、結局控訴人において仲摩よりこれを承継しなかつたことに帰着する。
従つて控訴人を承継人とする右債務名義に基く強制執行の不許を求める被控訴人の本訴異議は理由があり、これを同趣旨に出でた原判決は相当で、本件控訴は理由がないとしてこれを棄却した。